歯医者さんで抜歯をした際、確率は低いですが、神経が麻痺することがあります。この記事では、なぜ神経が麻痺してしまうのかの基礎知識と、そうなった時の対処法について解説します。
神経麻痺と聞くと、医療事故やミスだと思うかもしれませんが、実は親知らずの抜歯、特に下顎の歯では稀に起こることです。神経が近くを通っているため、ミスでなくても神経麻痺が残るリスクがあります。この麻痺が治療できるかどうかも含めて、記事内で詳しく説明します。
この記事の目次
1.抜歯後の麻痺について
麻痺の出やすい場所
下顎に太い神経が通っているため、これに触れると下唇(下歯槽神経麻痺)や、舌(舌神経麻痺)に神経麻痺が残ります。
麻痺の起こる割合や頻度
麻痺の出る割合はそれほど高くありません。
ある医師は、10年程度の歯医者さんの経験で、一例くらいはあるかもしれないと表現するくらいです。別のデータでは数%という数字も出ているので、多くても数十名に一人の割合といって良いでしょう。
また、ある調査の結果では、歯と神経との距離において、以下のような結果が出ています。
歯と神経の接触がない場合は0.0%
歯と神経が接触している場合は0.0%
歯と神経が重なっている場合は2.9%
※参考文献)
三浦康次郎、木野孔司、渋谷寿久、平田康、渋谷智明、佐々木英一郎、小宮山高之、吉増秀實、天笠光雄
下顎埋伏智歯抜歯後の神経麻痺、口病誌65(1):1-5、1998
この実験の結果では、歯と神経の距離が離れれば離れるほど麻痺の割合は低くなります。
親知らずの抜歯などでは、歯と神経の距離を事前に調査します。そこで神経に触れたりしていなければ、神経麻痺が残る確率はほとんどないと考えていいでしょう。これは実験結果を参考にした見解ですので、麻痺が残る確率はまったくの0%というわけではありませんが、麻痺が出る確率の低さは理解いただけたと思います。
ただし、CTを設置していない歯医者さんでは、神経の位置を完全には把握できません。歯医者さんがリスクが高いと判断した場合、大学病院を紹介されることもあります。親知らずの抜歯の際は、事前にそのあたりの相談もしっかりと行うようにしましょう。
麻痺ってどんな感じ?
神経麻痺が起こると、感覚がなくなったり、しびれを感じたりします。親知らずを抜いた後は、痛みや腫れが伴うこともあり、術後の痛みが強いと麻痺に気づかないこともあります。後になってから唇や舌に違和感を覚えることも少なくありません。
特に下顎の親知らずを抜歯した場合、唇や舌に影響が出ることがあります。そのため、食べ物が食べにくかったり、飲み物をこぼしてしまうことがあります。
神経麻痺が治る過程では、最初に唇や舌の奥の方、内側から感覚が戻り、次第に表面の感覚も戻ってきます。初めのうちは、指で唇を触っても、触っている位置と感じる位置が一致しないことがありますが、神経麻痺が改善すると位置感覚も回復してきます。
2.麻痺の原因
神経に触れた/切断した
下顎の親知らずの近くには太い神経が通っています。そのため、親知らずの抜歯時に少し接触するだけでも麻痺が残ることがあります。もちろん、神経を切断してしまうと麻痺は避けられません。
神経を圧迫している
患部が炎症を起こすと、近くの神経が炎症や腫れによって圧迫されることがあります。神経麻痺は、このようなわずかな圧迫でも発生する可能性があります。
伝達麻酔による麻酔の影響
伝達麻酔とは、下顎の親知らずよりさらに奥に麻酔を打つことで、広範囲に効果が得られる麻酔法です。作用が数時間持続するため、抜歯後も痺れが残ることがあります。
可能性は低いですが、麻酔時に神経に触れてしまい、数カ月間痺れや麻痺が続くこともあります。気になる症状がある場合は、すぐに歯医者さんに相談しましょう。
麻痺が起こる根本原因とは?
抜歯後の麻痺は確率は低いものの、リスクがゼロではありません。ここでは、麻痺が起こる主な原因について説明します。
・抜歯の手術中に神経を傷つける
神経麻痺は、抜歯の手術中に誤って神経を傷つけることで起こります。傷がつかなくても、軽く触れるだけで痺れが残ることもあります。
・抜歯する歯と神経が近接している
個人差がありますが、抜歯する歯と神経が近接している場合があります。神経が近すぎると、触れることを避けられないケースもあります。CTなどで神経の位置を確認し、綿密なプランで抜歯を行いますが、リスクは完全には排除できません。
・抜歯後に医師の指示に従わなかった
抜歯後には抗生物質などが処方されますが、これをきちんと服用しないと患部が炎症を起こし、神経を圧迫して麻痺につながることがあります。術後は医師の指示通りに対処することが重要です。
麻痺は基本的にこれらの原因で発生します。神経に触れることがなければ、麻痺を回避できる可能性が高いです。
3.神経が傷ついても麻痺は治る?
多くの麻痺は治療できる
神経の損傷の程度によりますが、神経麻痺が治らないことはほとんどありません。基本的に、神経麻痺は治ると考えて良いでしょう。神経が切断された場合でも、縫合手術で修復すれば、その後神経麻痺は改善されます。ただし、神経がひどく傷ついている場合は回復しないこともあります。
治るまでにかかる時間
麻痺が治るまでの時間は、麻痺の程度や個人差によって異なります。速効性のある治療法はほとんどなく、軽い違和感程度の神経麻痺であれば、薬剤などを処方して治療します。麻痺が長引いたり、感覚がない場合は、別の手術を行うこともあります。
神経麻痺は2〜3週間で完治する場合もあれば、2〜3カ月、さらには半年から数年かかるケースもあります。そのため、治るまでの期間を一概に言うことは難しいです。随時、医師の診断を仰ぎながら、適切な治療を進めていくことが重要です。
4.神経麻痺の治療法
薬物治療
軽い違和感の神経麻痺の場合、ビタミンB12製剤やATP製剤が処方されますが、基本的には自然回復を待つことが主な治療法です。これらの薬剤は補助的なものに過ぎません。また、知覚異常がある場合は、局所麻酔やステロイド剤、非ステロイド剤、抗うつ剤、抗痙攣剤が使用されます。
低出力レーザー照射
患部に低出力のレーザーを当てて、神経麻痺を軽減していきます。
鍼治療
顔に鍼(はり)を刺すことで、神経のまわりの筋肉を刺激します。これにより麻痺の緩和が期待できます。
神経ブロック
喉にある星状神経に、極少量の麻酔を何度も注入する方法です。星状神経は脊椎の一番下あたり、両脇の近くに位置し、顔や首、肩、胸、心臓、肺など、さまざまな組織に繋がっています。ここに麻酔薬を注入することで、神経麻痺を改善していきます。
神経再生手術
神経が切断された場合には、手術で神経をつなぎ合わせて縫合します。改善するまでに半年から数年かかることもありますが、治療法はいくつかあるので、神経が切断されても諦める必要はありません。不安なことがあれば、何でも医師に相談して解決につなげていきましょう。
5.まとめ
親知らずの抜歯などの際、神経麻痺が発生する可能性は低いものの、ゼロではありません。特に下顎には太い神経が通っているため、神経麻痺のリスクがあります。
親知らずの抜歯などを行う際には、患者さんが納得するまで説明することが基本です。担当の医師はリスクについてきちんと説明してくれるはずなので、治療の方針に納得してから治療を受けるようにしましょう。
治療方針に疑問がある場合や、説明が不十分だと感じた場合は、別の歯医者さんでセカンドオピニオンを受けることも検討しましょう。

監修医
遠藤 三樹夫先生
遠藤歯科クリニック 院長
経歴
1983年大阪大学歯学部 卒業
1983年大阪大学歯科口腔外科第一講座 入局
1985年大阪逓信病院(現 NTT西日本大阪病院)歯科 勤務
1988年遠藤歯科クリニック 開業
現在に至る
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