歯槽膿漏(しそうのうろう)や歯周病になると、歯茎が下がってしまいます。また、歯の磨き過ぎや力を入れ過ぎたブラッシングのほか、加齢などによっても歯茎が痩せて下がる「歯肉退縮」が起こります。一度下がってしまった歯茎は自然に戻ることはほとんどありません。しかし、歯茎を元に戻す簡単な治療法が開発されたのです。
歯茎が下がると見た目が気になるだけでなく、知覚過敏や虫歯のリスクも高まります。歯茎が下がってきて歯が伸びたように感じる人は治療できることを知っておくとよいでしょう。
1.下がった歯茎を上げる
ヒアルロン酸で歯茎を戻す
下がってしまった歯茎にはヒアルロン酸が有効であることがわかりました。美容皮膚科などでシワの改善などに用いられていることで知られているヒアルロン酸ですが、歯茎を上げるために使用されるのはドイツで開発された歯科専用のヒアルロン酸です。歯と歯の間にある歯肉が下がった場合やインプラント手術によって歯茎にすき間が生じた場合などに有効とされています。
どうしてヒアルロン酸なの?
ヒアルロン酸は皮膚や関節などに多く存在している成分です。ぬるぬるとしたゼリー状で弾力性があり、水の分子を結びつける性質があります。加齢などによってヒアルロン酸が減少すると肌などのハリや弾力がなくなるため、アンチエイジングとしてシワが気になる部分にヒアルロン酸を注入する治療が行われています。このヒアルロン酸の働きを下がった歯茎の治療に応用したというわけです。歯茎の下がりが気になる部分の歯肉にヒアルロン酸を注入して、歯茎の状態を元に戻そうと考えられました。
歯科用ヒアルロン酸の特徴
歯科用ヒアルロン酸は、もともと体内に存在する成分です。そのため、注入することでアレルギーが起こる心配はほとんどありません。そして、ヒアルロン酸を歯肉に注射するだけの簡単な治療で歯茎を上げる効果が期待できます。事前に麻酔をするので、個人差がありますが痛みを感じない人がほとんどです。また、ヒアルロン酸の注入によって赤みや腫れなどが生じるケースもあまりみられません。
ヒアルロン酸治療のやり方
1回の治療で2段階に分けて、ヒアルロン酸を歯肉に注入していきます。まず、歯茎に麻酔をして歯に近い歯茎の部分にヒアルロン酸を注入してから、歯と歯の間の歯肉にも注入します。これを3週間おきに3回以上くり返すと、少しずつ効果があらわれてくるでしょう。
2.ヒアルロン酸治療の効果
治療後はすぐに効果があらわれる?
ヒアルロン酸を注入した直後に、鏡で確認することができます。ヒアルロン酸の働きにより歯肉が自然にふくらみ、違和感のない仕上がりを期待できるでしょう。効果のあらわれ方には個人差があり、歯茎が上がったと感じられるまでに数週間から数か月かかると考えておいてください。人によっては、効果があまり得らない場合もあります。
ヒアルロン酸治療の効果はどのくらい続く?
効果の持続にも個人差があります。注入した量や部位などによっても異なりますが、一般的にヒアルロン酸を注入してから半年~1年ほどは効果が持続すると考えられています。ヒアルロン酸治療は継続するほど持続期間が長くなるのが特徴です。何回かヒアルロン酸治療を行っていくうちに、効果が長続きしてくるでしょう。
3.ヒアルロン酸治療の注意点
歯茎の状態によっては使用できない
ヒアルロン酸治療は、どのような歯茎にでも効果を期待できるわけではありません。歯科用ヒアルロン酸は健康な歯茎に使用することで効果を発揮するとされています。ですから、腫れや出血のみられない歯茎や歯周ポケットの深さに異常のない人を対象として行います。歯槽膿漏や歯周病が原因で歯茎が下がっている人は、その治療を始めに行っておかなければなりません。
効果のあらわれ方には個人差がある
人によって歯茎の下がり具合や歯茎の厚さなどが異なります。ヒアルロン酸治療は、どのような状態の歯茎でも正常な状態に戻せるわけではありません。治療前の歯茎の状態によっては、期待するほどの効果が得られない場合があることはあらかじめ理解しておきましょう。
一度の注入で効果が永久に続くわけではない
ヒアルロン酸はもともと体内に存在する成分です。ですから、注入した後は少しずつ体内に吸収されていきます。つまり、注入したヒアルロン酸の効果は永久に続かないということです。ヒアルロン酸治療の効果が薄れてきたときには、再び注入をする必要があるでしょう。
4.手術で歯茎を上げることもできる
下がった歯茎を戻す治療は、ヒアルロン酸の注入だけではありません。丈夫な歯肉を弱い歯肉の部分に移植する手術などによって歯茎を上げることもできるのです。ここでは、下がった歯茎を元の状態に戻すために行われる代表的な手術をご紹介しておきましょう。
遊離歯肉移植
上あごの一部から表面の皮のついた歯肉を切り取って、歯茎の中にある歯の根のまわりに移植する歯肉移植手術のひとつです。歯肉には歯にくっついている「付着歯肉」とくっついていない「遊離歯肉」があります。遊離歯肉を付着歯肉に移植することで下がった歯肉を上げる方法です。
結合組織移植
こちらも代表的な歯肉移植手術のひとつです。歯茎の一部から組織を採取して、歯肉が痩せている部分の表面の皮と骨の表面を覆っている膜の間に移植する手術です。歯肉の厚みを改善して、下がった歯茎を元の状態に戻していきます。
GTR法(歯周組織再生誘導法)
歯肉を切開して、歯を支えている骨から離します。こうすることで歯の根元にたまっているプラークや歯石を取り除き、ダメージを受けた組織を除去するのです。そして、保護膜を用いて骨や組織の再生をサポートし、歯肉を元の状態に戻していきます。
エムドゲイン法
エムドゲインとは、歯周組織再生誘導材料のことです。成長期の子供の歯が生えるときに欠かせないタンパク質の一種であるエナメルマトリックスデリバディブが主成分なので、歯が生える過程と同じような環境をつくる働きがあります。つまり、歯の生え始めのときと似た組織の再生を促して下がった歯茎を元に戻そうというわけです。歯肉を切開して汚れを落とした後に、歯の根っこの表面にエムドゲインのゲルを塗ります。その後、切開した歯肉を縫い合わせる手術です。2~6週間後に抜歯をするのが一般的です。
咬合(こうごう)調整
噛み合わせの悪さで歯茎が下がっている場合には、歯茎の治療のほかに噛み合わせの調節が必要です。歯と歯茎を引き上げる「エクストユージュ」、あるいは隣の歯の歯茎を移動する「歯肉弁側方移動術」のどちらかを行うことがあるでしょう。
5.まとめ
このように、下がってしまった歯茎を元にもどす方法はあるのであきらめる必要はありません。短時間で手軽に受けられるヒアルロン酸治療は継続しなければなりませんが、自然な歯肉のふくらみを手に入れられる可能性があるでしょう。また、手術によって歯茎を元の状態に戻すという選択肢もあります。
歯茎の下がりが気になる人は、まずは歯医者さんに相談してみてはいかがでしょうか。そして、どの治療法が自分に適しているのか確認してみましょう。
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監修医飯田尚良先生
飯田歯科医院 院長
■院長経歴
1968年 東京歯科大学 卒業
1968年 飯田歯科医院 開院
1971年 University of Southern California School of Dentistry(歯内療法学) 留学
1973年 University of Southern California School of Dentistry(補綴学・歯周病学) 留学
1983年~2009年 東京歯科大学 講師
現在に至る