この記事の目次
顎関節症の主な治療法
顎関節症の症状がカクッ、ポキッといった「音が鳴るだけ」で、痛みやその他の症状を伴わない場合、手術はすべきではないというのが、日本歯科医師会(※1)の見解であり、世界的な認識でもあるようです。
※1 日本歯科医師会:顎関節症とはどのような病気ですか
特に、顎関節症の治療のために歯を削って咬み合わせを調整するという、いわゆる「咬合調整(こうごうちょうせい)」は、非可逆的治療(ひかぎゃくてきちりょう=元の状態に戻すことができない治療)です。
日本顎関節学会(※2)では、症状の改善を目的とした咬合調整はおこなわないよう、推奨しています。
※2 日本顎関節学会:顎関節症患者のための 初期治療ガイドライン
そのため、顎関節症の治療は「保存療法(※3)」でおこなわれるのが一般的です。
ただし、一部の重症化してしまったケースでは、「手術」を選択することもあります。
保存療法と手術、それぞれどのような治療法があるのか、代表的なものを見ていきましょう。
※3保存療法
出血させないといったように、人体を傷つけずにおこなう治療のことです。出血を伴う手術療法の対照として用いられるのが一般的です。顎関節症における保存療法は、マッサージやマウスピースの装着、痛み止めの処方などが挙げられます。
運動療法
口や顎を動かす運動によって、顎関節症の改善を目指すのが運動療法です。
運動療法にはいくつか種類があります。
手軽にできるものもありますが、症状に合わせて適切な運動を選ぶ必要があるため、歯医者さんに診てもらい指示を受けましょう。
円板整位運動(えんばんせいいうんどう)
円板整位運動とは、ずれた円板を戻す運動療法です。
円板とは、顎の関節にある、クッションのような役割を果たす線維(せんい)性の板のことです。
この円板の位置がずれることで、口を開閉するときにポキッと音がしたり痛みを伴ったりします。
一度大きく口を開き、下顎を突き出した状態で口を閉じます。
上下の歯を滑らせながら下顎を後退させ、「上下の前歯が合うところ」まで戻します。
これを繰り返し行うのが円板整位運動です。
下顎可動化訓練(かがくかどうかくんれん)
下顎可動化訓練とは、顎関節が動く範囲を広げるための訓練です。
円板が前に大きくずれたままの状態(ロックといいます)になっていると、口を大きく開けなかったり、口を開けるときに痛みが生じたりします。
円板がロックされ、そのような症状が見られる場合は、円板を正常な位置に戻すとともに、下顎可動化訓練で症状の改善を目指します。
自力で口を最大に開いたら、指を使ってさらに開いていく方法です。
そのため、リハビリとしての要素が強いほか、痛みを伴うことも少なくありません。
最終的には、指が3本入るほど口が開くようになるのが目的です。
スプリント(マウスピース)治療
スプリントと呼ばれる、マウスピースに似た器具を用いた治療です。
就寝中に装着することで筋肉の緊張を和らげたり、顎関節にかかる負担を減らしたりすることができます。
歯ぎしりや食いしばりによって咀嚼筋(そしゃくきん=主に噛むときに使われる筋肉の総称)が緊張し、固まってしまうことが原因で、顎関節症を発症するケースは少なくありません。
スプリント治療は、顎関節症の治療の中でも特によく用いられるようです。
スプリントには次のような種類があります。
スタビライゼーション型
スタビライゼーション型とは、上下すべての歯が接触するように作られている装置のことです。
装着すると下顎が安定し、咀嚼筋といった筋肉への負担が減ります。
顎関節症の症状を和らげることができます。
アンテリア リポジショニング型
リポジショニング型とは、下顎を前に出し、円板を正しい位置へと導くために用いられる装置です。
口の開閉いずれの動作でもポキッと音が出る症状の治療に多く用いられます。
ディスク リキャプチャリング型
リキャプチャリング型とは、マニピュレーション法(※)の後の顎関節症の再発を防ぐための装置です。
口が開きにくい、開くと痛みがあるといった症状の改善が期待できます。
※マニピュレーション法
運動療法や、後述する薬物療法といった治療法を用いても改善されない場合におこなわれることがある治療法のことです。歯医者さんで先生が直接、患者さんの顎に触れる治療です。顎関節の円板を動かし、顎を正しい位置に移動させます。
スプリントは専用のものを
スプリントは、きちんと歯医者さんで作製した自分専用のものを使用しましょう。
顎関節症の人向けに作られた市販のマウスピースもありますが、自分の口や症状に適したものでないと悪化する恐れがあるため、注意が必要です。
認知行動療法(にんちこうどうりょうほう)
無意識にしている習慣や癖(くせ)のうち、顎関節症の原因になりうるものを見つけ、それらを意識的に改善して症状の緩和を目指す治療法です。
顎関節症は、歯ぎしりや食いしばり以外に、例えば次のような習慣や癖が影響している場合があります。
- うつぶせで寝る(顎関節や顎の骨に外からの強い力が加わる)
- 頬杖をつく(顎関節や顎の骨に外からの強い力が加わる)
- パソコンやスマホの長時間使用(使用中は無意識に食いしばることがある)
- 左右片側だけで噛む(片側の顎関節や筋肉に負担が集中し、噛み合わせが悪くなる)
これは一例となります。
ほかにも、自分では気づかないような習慣や癖が顎関節症の原因になっていたり、症状の改善を遅らせていたりすることがあります。
物理療法
物理療法(※1)とは、顎の筋肉が慢性的に痛む場合によく用いられる治療法です。
顎の筋肉に物理的にアプローチして、痛みといった症状を緩和させます。
筋肉のマッサージやストレッチ
顎の筋肉が緊張で凝り固まっていることが原因で顎関節症を発症している場合、マッサージやストレッチをおこないます。
筋肉の緊張をほぐし、症状を改善させるのが目的です。
マッサージと併せて、口を大きく開けるといったストレッチや、顎の筋肉を鍛えて疲れにくくさせる訓練をおこなうこともあります。
ほかにも
- ホットパック(※2)で顎の筋肉を温める
- 低周波を当てて顎の筋肉に電気刺激を与え、血流を促進する
- レーザーを照射し痛みを抑える
といった方法があります。
※1物理療法
指の力や熱、レーザーといった力を利用する方法です。対して、運動療法は機械の力を利用する方法です。物理療法と運動療法は、2つとも理学療法に含まれます。
※2 ホットパック
患部を温めることによって、痛みや緊張をほぐす治療方法です。
薬物療法
顎関節や筋肉に痛みが強く出ている場合、痛みを抑える鎮痛薬(ちんつうやく)を処方することがあります。
筋肉が緊張している場合は、筋肉の動きを弱める(ゆるめる)筋弛緩薬(きんしかんやく)を処方することがあります。
そのほか、就寝時に歯ぎしりや食いしばりをしてしまう場合は、緊張や不安を取り除き眠りにつきやすくする睡眠薬を処方することもあります。
また、ストレスといった心因的な原因で歯ぎしりや食いしばりをしてしまう場合は、抗不安薬や抗うつ薬を処方することもあります。
外科的療法
顎関節症は、手術といった外科的療法を選ばなくても、保存療法で改善されることが多くあります。
しかし、いずれの保存療法でも改善が見られない、顎関節の炎症が改善されない、顎の強い痛みが残ってしまうなど重症のケースでは、外科的療法(手術)を選ぶことがあります。
顎関節症の外科的治療には、次のようなものがあります。
なお、外科的治療を受ける場合、数日間程度の入院が必要になるのが一般的です。
関節腔内洗浄療法(かんせつくうないせんじょうりょうほう)
関節腔内洗浄療法は、顎関節に生理食塩水を流し込むことで、炎症の原因となっている物質や炎症によって生じた物質を洗い流す治療です。
関節鏡手術(かんせつきょうしゅじゅつ)
ずれて固まってしまった円板を正常な位置に戻したり、正常な位置に戻した円板をさらに糸で縫って固定させたりすることを目的に、おこなわれることがあります。
顎関節症の疑いがあるかどうかのセルフチェック
本章のセルフチェックで、顎関節症の疑いがあるかどうかを簡易的に診断できます。
「口の開閉や顎の骨に違和感があるが、顎関節症かどうか自分では分からない」という人は、チェックしてみましょう。
なお、セルフチェックで診断できるのは、あくまで「顎関節症の疑いがあるかどうか」です。
結果は、歯医者さんを受診するかどうかの判断基準の目安として活用してください。
口を開閉するときに音が鳴るか
口を開閉するとき、カクッ、ピキッ、ポキッといった音が鳴る場合、顎関節症の疑いがあります。
顎関節でクッションのような役割を果たす円板が、ずれていることが考えられるためです。
指が縦に3本入るか
人差し指・中指・薬指の3本の指を縦にして口の中に入れます。
ギリギリで入る、または入らないようであれば、顎関節症の疑いがあります。
口の中に入れるときは、指同士が重ならないように気をつけましょう。
口を大きく開いた直後に痛みはないか
口を大きく開いた直後に痛みがあれば、顎関節症の疑いがあります。
無理をせずに、最も大きく開けるところまで開いて確認します。
勢いよく開いたり、無理をして大きく開いたりしないように注意しましょう。
口がまっすぐに開くか
鏡を見ながら口を開いたとき、左右どちらかの口が先に開いたり、開く途中で顎が左右に揺れたりするような動きが見られたら、顎関節症の疑いがあります。
固いものを食べるときに痛みがあるか
するめ、軟骨、タコなど固いものを食べるときに、顎関節や顎の筋肉のあたりが痛むという場合は、顎関節症の疑いがあります。
痛む頻度が多いほど、より顎関節症の疑いが強まります。
顎関節症の代表的な症状と顎関節症が招く全身症状
顎関節症の代表的な症状は「顎を動かすと音が鳴る」「顎が痛む」「口が開かない(開閉しづらい)」という3つです。
それぞれ、詳しく見ていきましょう。
顎を動かすと音が鳴る
口の開閉といった動作で顎を動かすとき、カクッ、ピキッ、ポキッなどの音が鳴ることを、「クリック音」と呼びます。これは顎関節症の代表的な症状の一つです。
顎関節の動きを滑らかにする役割を果たす「円板」と呼ばれる板が、ずれていることが原因です。
クリック音のほかに痛みがある、ジャリジャリやミシミシといった音に変わった、といった場合は悪化していることが考えられます。
念のため歯医者さんを受診することをおすすめします。
顎が痛む
ものを噛んだときや、会話をするとき、あくびをしたときなどに顎が痛むのも、顎関節症の代表的な症状です。
痛みには「顎関節痛(がくかんせつつう)」と「咀嚼筋痛(そしゃくきんつう)」の2つがあります。
顎関節痛(がくかんせつつう)
耳の少し前にある顎関節が痛むのが、顎関節痛です。
大きなあくびをしたときや歌を歌うとき、リンゴをかじるときなど、顎を動かす動作で痛みます。
また、顎関節を指で触って押すと、圧痛(あっつう=圧迫したときに出る痛み)を感じることも多くあります。
痛みが強い場合や続く場合は、歯医者さんを受診しましょう。
咀嚼筋痛(そしゃくきんつう)
咀嚼筋痛では、主に噛むときに使われる咀嚼筋が痛みます。
食べるときに痛むことがほとんどです。咀嚼筋は、こめかみや下顎から顎関節付近にある筋肉です。
痛みが出る場所と照らし合わせ、疑わしい場合は歯医者さんを受診しましょう。
口が開かない(開閉しづらい)
口が開かない、開閉しづらい、または閉じなくなってしまうといった症状も、顎関節症の代表的な症状です。
突然開閉しづらくなるパターンと、日常生活の中で時間をかけて徐々に開閉しづらくなるパターンがあります。
口が開かない(開閉しづらい)場合、顎関節の円板が前方にずれてしまっている、あるいは顎関節が炎症を起こしていることも考えられます。
食事や会話といった日常生活に支障をきたす恐れがあるので、まずは歯医者さんに治療の必要があるかどうか、診断してもらいましょう。
顎関節症が要因となって起こる全身症状もある
次に挙げる症状は、顎関節症が「要因」となって発症することがある全身症状です。
一見すると顎関節症とは無関係のように思えますが、以下のような症状が見られる場合、顎関節症が影響しているかもしれません。
- 頭痛やめまい、肩こり、腰痛がする
- 首や肩、背中などに痛みを感じる
- 耳鳴りや耳が詰まった感じがする
- 目の疲れや充血が見られる
- 噛み合わせに違和感がある
- 食べものが飲み込みづらくなった
- 話しにくい、歯や舌に痛みを感じる
- 不眠症といった睡眠障害や鬱(うつ)の傾向が見られる
顎関節症の人は咀嚼筋といった顎の周りの筋肉が、緊張した状態になっています。
その緊張が首、肩、腰にまで及んでしまうことがあります。
筋肉の緊張は自律神経の乱れを招き、不眠症といった睡眠障害や鬱を招くこともあるようです。
痛みに加えて上記のような全身症状が見られる場合は、歯医者さんを受診することをおすすめします。
顎関節症の原因ごとの予防法や改善法
顎関節症を招いてしまう原因ごとに、予防法や改善法を紹介します。
歯ぎしりや食いしばりが原因の場合
歯ぎしりや食いしばりは、ストレスが要因になっていることが少なくありません。
リラックスする時間を持つ、適度な運動を取り入れるといったように、普段からストレスを溜め込まないよう工夫しましょう。
どうしても無意識に歯ぎしりしてしまう人や、強い力で食いしばってしまうといった人は、歯医者さんでマウスピースを作製してもらうことも検討しましょう。
マウスピースで顎関節や顎の筋肉、歯にかかる負担を大きく減らすことができれば、顎関節症の予防や症状の改善につながります。
日常生活の習慣や癖(くせ)が原因の場合
日常生活の習慣や癖、姿勢を正していくことが顎関節症の予防になり、症状の改善にもつながります。
具体的には、うつぶせで寝たり、頬杖をついたりすることを控えましょう。
これらの癖は、強い力が顎の骨にかかるためです。
また、猫背が原因で顎関節症になることもあります。
猫背になると体の重心が前方に傾きます。そのとき、顎も含めた頭部も前のめりになります。
自分では気づかないうちに顎を突き出している状態となり、顎関節に負担がかかってしまうためです。
顎の使い方に問題がある場合
力いっぱい口を開ける、左右どちらかの歯で食べものを噛むといったことが多い人は、改善することで顎関節症の予防や症状の緩和につなげましょう。
無理に大きく口を開いたり、勢いよく開いたりしてしまうことで、顎関節に負担がかかることが考えられます。
また、左右どちらか一方の歯で食べものを噛む癖があると、顎のバランスが崩れて顎関節や咀嚼筋に負担がかかってしまいます。
骨格がずれていることが原因の場合
骨格のずれが原因で顎関節症になってしまった人は、個人で予防したり改善したりすることが困難です。
歯医者さんに相談しましょう。
この場合の骨格は、顎の骨だけとは限りません。
全身の歪みを招くと言われている頚椎(けいつい=首の骨や神経部分)や仙骨(せんこつ=骨盤のひとつ)といった部分のずれが、顎に影響を及ぼしていることも考えられます。
原因を特定させるためにも、まずは歯医者さんの診断を仰ぐことが大切です。
まとめ
顎関節症は、「音が鳴るだけ」である場合、手術は必要なく、保存療法やセルフケアで改善が見込めるとされています。
症状が軽い場合、歯医者さんで治療が必要かどうか診断してもらいましょう。その際、最適なセルフケア方法をアドバイスしてもらうと良いでしょう。
痛みがひどい場合や日常生活に支障をきたすような症状が続く場合、あるいは、再発を繰り返すといった場合は、セルフケアでの改善が難しいことがあります。
歯医者さん指導のもと、症状改善に取り組むことをおすすめします。
【監修医】松岡先生のコメント
顎の痛みや違和感は、日常生活をおくる上で苦になるものです。
症状が軽微なうちに是非ご相談してくだされば歯科医として幸いです。
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- 顎関節症の主な治療法は?代表的な症状や原因に対する予防法も併せて紹介
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