ごあいさつ
口の中と言っても、切ったり削ったりしないで届く所は組織の外です。そこに普段からいる菌の集落は、いくつも種類の菌が、薬や免疫細胞を通さず、敵の侵入を監視する細胞が外敵だと認識しにくいステルス機能を持つ粘着性の殻に包まれて、体から排除されずに生き延びています。普段からいる菌は単独では強い病原性を持ちません。このような菌の集落が組織の外にただ居るだけならば病気ではありませんが、外と内とを隔てるバリアーを超えて組織の中に入ると厄介です。
「むし歯」は歯を覆う硬いバリアーが、「歯周病」は歯根を支える顎の骨と根とを結ぶつなぎ目を覆う軟らかいバリアーが破られて、菌の集落が組織の中に入って始まります。入ってもすぐには痛みません。体はこれを敵と見なせず攻撃できません。抗菌薬でも消毒薬でも死滅させられません。何か変だと感じるがしばらくすると消える、長い期間その程度の自覚症状しかないままに、組織を乗っ取りながらしだいに深い顎の骨の中に進みます。
菌の集落自体も、血液が豊富な深い顎の中の環境に適する菌の集落に変わっていきます。そうした菌の集落は「むし歯」由来も「歯周病」由来も似ており、脳心血管病変に深く関わるため、侮れません。顎の骨は自爆したり、硬くなって自らの血の巡りを閉ざしたりして痛みを回避させながら、危険になった菌の集落が血の巡りを介して全身の血管に飛ばないよう踏ん張ります。菌の集落に乗っ取られた歯は痛みませんがそれ自体が感染源です。感染源は根こそぎ取って十分な血の巡りを得ないと顎の骨も歯肉も改善は難しいです。骨が硬くなって血の巡りを閉ざす「むし歯」は難治性骨髄炎を起こす可能性があり、自爆して菌も歯根も吐き出す「歯周病」より問題、歯周病だけを糖尿病と関連づけるのも問題です。
組織の外だけに作る「ブリッジ」、「入れ歯」は、組織の中が改善していなくてもできますが、組織の中から作る「インプラント」は骨と歯肉の改善が大前提であり、インプラントが入る骨と粘膜を得て、粘膜貫通部の生物学的封鎖をするまでの厳しさ、人工歯冠で精緻な噛み合わせを再現する歯科的厳しさが必要です。治療を通じ、患者さんと成果を分かち合える時、歯科医師になって良かったと思います。